小笠原
今日は最終日。午後 2時に船がでますので、午前中しか自由時間がありません。そこで、戦跡ツアーの半日コースに参加します。ガイドは「戦跡ガイド板長」。
最初に案内されたのが、大東亜戦争海軍戦没者の慰霊碑です。
父島に軍事施設が造られたのは大正時代。第2次世界大戦では、硫黄島救援基地として多くの軍事施設が急造されました。
父島は地上戦は免れたものの、軍人は空襲を受け、飢えとも戦いながら島の防衛にあたりました。
写真中央やや左辺りに鉄塔のようなものが見えますか? 旧陸軍の通信塔です。 旭平展望台からみることができます。
塹壕の中にウオーター・ポンプのようなものがありましたが、用途は聞き洩らしました。
陸軍通信隊発電所は旭平展望台への途中にあります。(写真下) 木々に囲まれ、建物の外観全体を見渡すことはできません。
コンクリート製の建物の中には発電所の台座がそのまま残っています。
内部は空襲で大きく破壊されています。分厚いコンクリートの壁もポッカリ穴があいています。
1階の天井は爆風で壊れたのでしょう。鉄筋が見えています。いかに激しいものだったのか分かりますね。